相手の立場で発想すると 想像を超える高みまで到達できる

ひとより不器用で、劣等感を抱えながら生きていた青年が、71 店舗を展開するホールディングス会社の代表取締役を務めるまでには、どのような挑戦があったのか。当時のエピソードから、現在のポジションで思い描く夢まで語っていただきました。

株式会社ワイズケア 代表取締役 山根幸男氏

先生と呼ばれたくて

山根氏がこの道に進んだのは、浅はかな考えからだった。整骨院を経営していた叔父の「お前のような若造だって、先生と呼ばれるぞ」という言葉に、やりたいこともなく、進学先も決まっていなかった 18 歳の青年は明るい未来を思い描いた。実際、叔父の生活が豊かだったこともあって、夏休みに整骨院のアルバイトを体験したのち、そのまま鍼灸師の専門学校に進むことを決めたのだ。入学が決まると同時に学校の近くに寮のある整骨院を紹介され、学校で学びながら、住み込みで修行することにした。30 歳までに自分の接骨院を開業したいと考えていたので、1 秒でも無駄にしたくなかった。しかし、入学してすぐにわかったことだが、鍼灸師の資格だけでは整骨院は開業できない。結局、卒業後に柔道整復師の学校に再入学しなければならなかった。

山根氏
「いま振り返っても、お恥ずかしいくらい考えが浅かったですね。でも、頭でっかちで先入観が強くなかったのは逆によかったとも感じます。当時の業界はいまよりも徒弟制度が根強く、最低賃金も労働時間も関係なく朝から晩まで働きづくめでしたから、もし、知識が先に立っていたら、その状況に疑問を感じて続かなかったかもしれません。求められるまま素直に吸収していたことでいまがあると考えれば、無駄なことはひとつもないですよね」

そんな素直さが評価されたのか、学校を卒業した年に大きなチャンスが舞い込んだ。修業先の師匠から、接骨院の院長を任されることになったのだ。それまでベテランの院長が運営していたが経営がかんばしくなく、患者の足も遠ざかっているため、若い山根氏を起用することで起死回生をはかろうという経営判断だった。独立に向けて大きく前進と感じた山根氏は迷うことなく請け負ったが、蓋を開けてみると、なかなか難しい状況でもあった。ベテラン院長の脇を固めていたのは、山根氏の親ほども年齢がうえのスタッフ。知識も経験も豊富な相手をどうマネジメントし、業績を回復させるべきか、学校を卒業したての山根氏には想像もできないことだった。しかし、この局面でも頭でっかちにならずに、とにかくやってみることにした。業務改善の足がかりにしたのは、普段から抱いていた違和感だ。

山根氏
「確かな戦略があったわけではないんですが、ひとつ言うなら相手の立場で発想するというのがありました。上下関係が厳しかった当時は、脱サラしてきた年長者を若い院長がアゴで使うようなケースが見られたんです。わたしはそれに違和感を覚えていました。職位で人間の格が決まったり、相手の人格まで否定する行為はなくしたい。もちろん、マネジメントは大切です。 でも、それはあくまでも仕事においてで、ひとたび仕事を離れれば人生の大先輩ですから、逆に自分の足りないものを指導してもらう方として接しました。結果、勤務中のコミュニケーションも円滑になり、「山根くんがそう言うならやってみるよ」というポジティブな反応が院の雰囲気を変えていったんです」

同じことが患者に対しても言えた。山根氏の嫌いな言葉に「優良患者」というものがあるが、つまり所得が高い人や立派な肩書きがある人は院にとって優良で、そうした患者を積極的に対応するという傾向があった。患者の立場で公平に考えれば、このような傾向は是正されるべき。山根氏は少なくとも自分の整骨院では根絶させようと決め、背中で示すことで規律として根づかせていったことも、整骨院の雰囲気が大きく変わる要因となった。

そもそも山根氏は、なぜ相手の立場で発想するようになったのだろう。その姿勢は、ひとよりも不器用で、劣等感を覚えながら修行していた頃に養われたものだった。当時、患者の中にはスタッフの手腕をシビアにはかるひとが多く、山根氏はなかなか患者を担当させてもらえなかった。スタッフが足りないときにピンチヒッターで入ると「この先生は嫌だ」「今日は外れだ」と痛烈な言葉を浴びせられることもあった。もちろん、患者さんは不調を抱えて来院しているうえに、治療はスタッフとの相性も影響するため否定できない部分もあるが、不器用だと自覚していた山根氏の自信を奪い、この道に進んで良かったのだろうかと迷いが生じる原体験だった。そうした中で救いとなったのが、ほかの先生と分け隔てなく接し、身体を預けてくれる患者の存在だった。そうした患者に育ててもらいながら、いつか恩返しをしたいという想いと、相手の立場で発想するスタンスが身についたのだ。

山根氏
「相手の立場で発想するというと難しく聞こえますが、すぐに取り入れられることもあります。たとえば目線。わたしは 1 日の終わりに患者さんの目線で院内を見渡します。椅子に腰をかけたり、ベッドに横たわったり。治療で動きまわっていると目につかないベッドの下などにも意識を行き渡らせることで改善点を見つけ、患者さんにとって快適な空間づくりに活かす。そういった工夫が自然とできるのも、相手の立場で発想するという姿勢を若いうちに習慣化できたおかげです」

29 歳で独立 手探りの経営戦略

30歳までに独立するという目標を前倒し、29 歳のときに開業した。妻との間に第一子を授かったタイミングでもあった。練馬区江古田を開業地に選んだのは実家の沿線ということもあったが、温めていた構想にフィットしたのが大きい。ひとと比べて不器用と自覚していた山根氏は、ほかの先生と同じ戦略では勝てないとの考えから、学生を患者に収益性をはかる構想をかためていた。自分が柔道、剣道、空手、武道が好きで有段者で、骨折や脱臼を経験していたこと。当時は部活に科学的なアプローチを導入している大学は少なく、根拠のない根性論で身体を壊したり、選手生命が断たれてしまったりするケースが少なくなかったこと。そうした状況を治療で支えながら、ほかの院にない収益の柱を築こうと考えていたため、大学が 3 つある江古田なら申し分ないと思えたのだ。しかし、初歩的な見立て違いがあった。

山根氏
「学生さんがまったく来なかったんです。考えてみたら当然で、治療を受けるなら自宅に近い整骨院を選ぶんですよね。大学の近くで開業してもアドバンテージはなかったんです。でも、見立て違いを嘆いても仕方ない。そこからどう巻き返すかに意識を切り替えまして、営業を終えたあとに近隣の家にチラシを配ってまわりました。いまでこそポスティングは一般的な集客手法ですが、あの頃は珍しくて、玄関のベルを鳴らすと、怪訝な顔をされたものです。心ない言葉をぶつけられることもありました。でも、少しずつ患者さんが増えていったんです」

手探りの経営。なにが正解か、不正解かもわからなかったが、どんどん試して、見立てが違ったら軌道修正すればいい。相手の立場で発想すること。ひとと違うことをすること。この二つを守りながら、山根氏は楽しみながら自分らしい経営を実践していった。

スタッフの数だけ 事業アイディアがある

山根氏が率いるワイズケアは現在、直営店 22、フランチャイズ店 49、海外に拠点を持つまでに成長した。マニュアルがなく、治療内容がそれぞれ異なるのが特徴のひとつだが、山根氏はその状況を「個性のプロデュース」と表現する。

山根氏
「たとえばリラクゼーションは、女性スタッフが「アロマセラピーがしたい」と言い出し、実現してあげたいと考えたんです。会社負担で外部のセミナーや技術研修に参加してもらい、みんなで協議しながらメニューに取り入れてみたものの整骨院内だと環境的に中途半端な印象で。極めたいという彼女たちの意思を尊重し、サロンをコンセプトに新たに出店することを決めました。社員の個性を尊重し、夢に便乗させてもらうと、思ってもみなかった領域や高みに連れて行ってもらえるんですよね。先輩風を吹かせて上から目線で接すると、若いひとたちの個性や発想を潰してしまう。それは避けたくて」

ロサンゼルスに会社を設立したのもベトナムに出店したのも、どちらもスタッフの夢を後押しした結果だった。語学力はなく、現地の商流もわからない山根氏は不安もあったが、人脈をたよりに実現性を追求した結果、軌道に乗せることができたという。プロデューサーとして夢の実現に責任を持つ。絵に描いた餅で終わらせない。山根氏はその関わりに喜びを感じるという。だが、うまくいくケースばかりではない。資金繰りに奔走したこともあるし、スタッフのやりたいようにやらせた結果、深刻なダメージを被ったことも一度や二度ではなかった。

山根氏
「最初は痛い経験もたくさんしましたね。いまはリスクヘッジもしています。1 年を目安に状況を見極めて撤退の判断をする、一度は権限移譲した整骨院でも、業績を回復させる必要があれば本社スタッフが介入する、といった仕組みをつくりました。応援するだけじゃ、ダメなんですよね。やめどきを判断してあげることも経営者の責任なんです。ただ、本人が消化不良で終わるのはよくない。やりきったという気持ちが大切なので、1 年が経過するまでは私自身は口を出さない。もちろん相談されたら応じますし、同じように夢の実現で苦労した先輩を紹介するといった支援はしますが、本人の意思を尊重しながら伴走します」

山根氏の話を聞いていると、スタッフへの信頼と愛情が伝わってくる。相手の立場で発想するというスタンスは、若い世代と接するうえでも揺らぐことはないのだろう。スタッフとの定期面談からも、山根氏の変わらぬスタンスが感じられる。というのも面談といえば会社の現状や意向を、ポジションが上の者から下の者へ伝えるケースが多いが、ワイズケアは逆なのだ。スタッフがやりたいことや、会社に改善してほしいことを申告する。ユニークなのは、やめる日程とやめる理由をオープンに記述してもらう点である。なぜ、そこまでやるのだろう。山根氏は、会社がスタッフの意思を尊重するスタンスを示すと、誠実な対応が期待できるという。記述してもらうと、黙ってやめたり、深刻した日程よりも前にやめたりするひとはいないという。そして、最後まで責任をもって引き継ぎをしてくれるというのだ。相手もまた、こちらの立場で発想してくれるようになるのだ。

経営を託したあとは ボランティアに従事したい

ワイズケアの今後について質問すると、多様な事業構想があるという。ひとつは、業績不振や継承者不在で持続が難しい状況にある整骨院の合併、買収だ。それにより店舗展開に弾みをつけ、ワイズケアはホールディングス会社としてさらなる飛躍をはかるという。もうひとつは、海外への積極出店だ。背景には、日本人の技術レベルが海外でもトップクラスだという確信がある。

山根氏
「知識レベルは海外のほうが高い部分もあります。ただ、気の作業、手の技についていえば、日本人のレベルは相当に高い。世界トップレベルといっても過言ではないので世界をフィールドに挑戦したいですね。それと、インバウンド。我々の業界ではあまり関連づけて語られていませんが、旅先で現地のマッサージを受けたくなる感覚は誰しもあると思うので、外国人観光客に向けた PR に力を入れつつ、私たちのサービスに触れていただく機会を創造できたらと思っています」

山根氏は既存マーケットを競合他社と奪い合うつもりはないという。不器用だから、ひとと同じことをしていても勝てないという意識があるが、それだけではない。というのも、整骨院を利用しているひとは国民の 20%に満たない。未利用の 80%にどう認知してもらうか、利用してもらうかに注力したいという。すでに手応えを感じているのが、ドラッグストアーとのパートナーシップだ。施設内に整骨院を併設させてもらうことで、新たな層にアプローチする。日用品を買いにくる顧客は女性が多いが、そのほとんどが整骨院を利用したことがないからだ。しかし、この話を持ちかけたとき、難色を示すドラッグストアーもあったという。考えてみれば、当然である。整骨院は薬による治療と一線をひいているため、薬を扱うドラッグストアーを否定しているとも見える。これに対し山根氏はデータをもとにドラッグストアーのメリットを明示した。整骨院では痛み止めや湿布、テーピングといった需要があるが、整骨院内に在庫を置かずドラッグストアーに送客する。また、薬剤師不足によって機能していない調剤スペースを有効活用する。そのほかメリットを伝えるデータを緻密に積み重ねて合意形成をはかったのだ。 山根氏は、今後はドラッグストアーに限らず、80%の未利用層に向けたアプローチを模索し たいと話す。

一方で、山根氏の個人的な夢を聞くと意外な答えが返ってきた。近い将来、経営から退きたい、そのために業績から、自分の年収まで透明化し、いつでも後任に継承できる状態をつくっているという。

山根氏
「わたしは経営をやりたくてこの道に入ったわけではありません。不調をうったえている人に不器用ながらも誠実に向き合い、笑顔になってもらう。それが、いまでも喜びで、生涯にわたって追求したいもの。会社が軌道にのり、スタッフの生活を守ることのできる基盤が整ったいまだからこそ、生活保護を受けている人や経済面で苦境に立っている人をボランティア的に支える整骨院をつくり現場に復帰したいんです。ようやく、実現できる兆しが見えてきましたね」

それは山根氏の夢であると同時に後進者に選択肢を増やす挑戦でもある。整骨院を目指す人のほとんどが強いホスピタリティ精神を持っているため、利益を度外視して奉仕してしまう傾向がある。しかし、その状態があたりまえとなれば業界の進化はない。志の高いスタッフが疲弊するようでは患者さんに還元できるものも減り、業界そのものが衰退してしまう。だからこそ、まずは自分の仕事を確立させることの大切さを伝えたい。その先に、本当にやりたいこと、情熱を注ぐものを見出し、ご褒美のように極めてゆくという考え方や選択肢があることを背中で示したい。それが、山根氏の夢であり、人生をかけた挑戦なのだ。

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